-第31回-
株式会社シェンロン代表取締役 小林仁幸さん
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馬主になるきっかけは奥さんのひと言から
市丸:それでは競馬のほうに話を移しますが、さきほどのお話しでは、以前は競馬にまったく興味がなかったとのことですね。
小林:ええ、まったくですね(笑)。
市丸:そこから馬主になろうと思われたきっかけというのは……。
小林:会社を興してビルを借りたとき、その大家さんが馬主だったんです。ビルの1階に会社を構えてられたのですが、歳も近かったのでよくこちらに遊びにきて「馬やりましょうよ〜」と(笑)。ただ、当時は上場もあって忙しかったですから、ずっとお断りしていました。また、自分がギャンブルをしないので社員全員にもギャンブルは禁止していたんです。あまりヘンなところで運を使わないで、仕事で運を使ってください、と。でもPATの話がきたとき、すごく喜んでいたので「みんな隠れてやってるな」と思ったりしていました(笑)。
市丸:心変わりされたのはどのような理由だったのでしょう?
小林:2年くらいずっと断っていたのですが、大家さんの馬が東京競馬場でデビューするときに「一緒に」と誘ってくださったんです。それで妻と二人でご招待を受けて行ったのですが、いざレースの前になると「勝ったことがまだないので、馬券は買わないでください」と言われたのです。ただ、自分はあまりギャンブルはしないですけれど、そういう勝負で負けたことがないので「絶対来ます!」といって、単勝10万円買ったんですよ。そうしたら、ぶっちぎりで1着になって。そのとき妻が「うちも1頭いてもいいかも」と。それが1頭めに繋がるんです。
市丸:では、競馬をずっと見ていてやりたかったのではなく、いきなり馬を持つことからはじまったのですね。その最初の1頭というのは……。
小林:ネオファロスという馬で、セレクトセールで買いました。
市丸:2005年の当歳セリですね。
小林:ただそのときはGyaO!の開発の最終調整で、4日に一度くらいしか家に帰れなかったので「カタログ販売」でした(笑)。送られてきたDVDとカタログを見て「これと、これと、これくらいかな」と大家さんに渡して、ある程度の値段の範囲内で落としてくださったのがこの馬でした。
市丸:このときも、まだ競馬にはあまり詳しくなかったのですね。
小林:(ネオファロスの父の)サクラバクシンオーが短距離だというのも知らなかったです。また、調教師の先生からなにを聞いてもよくわからないんです。たとえば「なんかフワっとする」と言われても「どこが?」と。それで最低限、先生が言われていることくらいは理解しなければいけないと、競馬のDVDや本をたたみ一畳分くらい積んで、ヒマがあれば勉強していました。
市丸:05年夏のセレクトセールで買われて、デビューは08年の2月でした。
小林:関東に預けていたはずが、なぜか京都競馬場でデビューして、(実況で)「1頭遅れてネオファロス」。最初に覚えた言葉が「タイムオーバー」でした(笑)。
市丸:7.3秒差で15着でしたが、次走は3着でしたね。それで中央5戦のあと、ホッカイドウと大井競馬で5勝して中央に戻っています。
小林:そうですね、今は1000万条件で頑張ってくれています。