私の競馬はチョット新しい

-第11回-
タレント 立花優美さん


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競馬とのつきあいは勘違いからはじまった

市丸: それでは、よろしくお願いします。今回は主に競馬のお仕事についてうかがっていきたいのですが、最初に競馬に出会われたのは……。

立花: 20歳のときですね。ちょうど「競馬ができますよ」という年齢になって「ヨーイドン」みたいな感じで(笑)。

市丸: それはどんなお仕事だったのですか?

立花: 最初はグリーンチャンネルのCFにモデルとして出演していました。「砂漠編」という……。

市丸: あ、それは見た記憶がありますね。そうするとグリーンチャンネルの「After Racing Cafe」の店長(04年)はその後に?

立花: そうですね。ただ、最初オーディションのお話があったとき、「カフェ」の番組だと勘違いしていたんです。それなら「やるやる!」って。でもオーディションを受けに行ったら、馬の絵を描いたり……、「それ、キリンですか?」と言われつつ(笑)。それで受かってみたら競馬の番組でした。

市丸: 店長としては……2代目でしたか?

立花: 中村まりさん、森下千里さんにつづいて3代目でした。

市丸: そのころは、あまり競馬の知識がない状態ではじめられたのですよね? 番組も、競馬の基礎知識があると困るというか、知らない子がやっているから癒されるみたいなところもありましたし(笑)。

立花: 知らない子が徐々にわかっていくという……。ただ、最初に「競馬」というものを知ったのは小学生のころで、家のトイレに競馬のカレンダーが貼ってあったんです。ビワハヤヒデとかナリタブライアンとかナイスネイチャ……。「ああ、白いお馬さんっているんだ」って思ったり、あと「ナイス姉ちゃん」だと勘違いしていて、後でこの世界に入ってから「それ、ナイスネイチャのこと言ってるの?」と言われて牡馬だと知ったり(笑)。


市丸: そうすると、どなたかご家族の方は競馬をさられていたのですね。

立花: 父親はやっていましたので競馬中継を目にする機会はありましたけれど、しっかり見始めたのは20歳になってからでした。

市丸: ほとんど競馬の知識がない状態で「After Racing Cafe」をはじめられて、最初はどうでしたか?

立花: ものすごく「とんちんかん」なことを言っていたと思います(笑)。「坂路」を「さかみち」と読んでいたり。最初に競馬のテレビを見たときには競馬用語がまったくわからなくて……、「ハロン」とか「上がり」とか、そういうのをわかるようになりたいと思いました。

市丸: そのあたりは、ご自身で勉強されていったのですか?

立花: それもありますし、番組に馬のキャラクターで浅野靖典さんが出演されていて、いろいろ教えていただきました。浅野さんは割と穴党なので、わたしもそれを受け継いでます(笑)。ただ、競馬の考え方って人それぞれですから、「わたしは誰を信じて予想すればいいんだろう」と、最初はすごく苦悩したのを覚えています。

市丸: 競馬が面白いな、と思ったのはどのくらいたってからでしたか?

立花: 徐々に、ですね。まず馬柱を読めるようになればわかるだろうと思ってネットで調べて……。あと、先輩の使い終わった新聞をいただいて、それを読み解いてみたり。書き込んである「○印」はなんのためにつけたんだろう、その印をつけるまでにどんな計算があったんだろうって。

市丸: すごいですね、努力家ですね。

立花: 凝り性ですね。予想とか時間があればあるだけやって、気づくと朝になってしまったりしますから。競馬の予想って「答え」がないのでそれが楽しいのですけれど、前の日に予習をして、次の日に(レースで)答え合わせをするような感じです。