-第08回-
日本将棋連盟棋士 渡辺明さん
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中学生のころから競馬が身近に存在した
市丸: それでは、よろしくお願いします。まず、競馬にはじめて触れられたのは何歳くらいでしたか?
渡辺: わたし今25歳なんですけれど、どれくらいですかね。中学生のころにゲームが……。
市丸: ダビスタ(ダービースタリオン)とか?
渡辺: ええ。スーパーファミコンの時代ですけれど、クラスで結構はやっていて、それがきっかけといいますか。あと、将棋の世界でも競馬好きな先輩も多いので、学校でも将棋の世界でも、競馬の話を耳にする機会が多かったんですよね。そういう先輩の話を聞いているので、中学1年くらいでも友達同士で競馬の話をしたり、わりと身近に競馬がありました。
市丸: ただ、中学生のうちに四段でプロ棋士になられたとのことですが、そのころは将棋漬けでしたか?
渡辺: 中学3年の終わり、最後の半年くらいですかね。それまでは普通に学校に通いつつ、将棋もあって、ゲームなり競馬なりもあって。最後の半年はプロになれるかどうかの瀬戸際なので、その期間はテレビもあまり見ず、という感じでした。
市丸: 高校に入ってからは?
渡辺: そのころは競馬もブランクがあって……、重賞くらいしか見ていなかったですね。中学のころは特別レースも見ていましたけれど。
市丸: ダビスタというと、まず血統が浮かびますが……。
渡辺: ノートを作って、この種牡馬はここ(画面)に入っていて、とかやっていましたね。ただ、最初は「ゲームの種牡馬」で実在しないと思っていたんです。でも、実際に競馬を見たら(その種牡馬が)いるわけですよ。「おっ、いるぞ!」ってびっくりしましたね(笑)。
市丸: そのころ、好きな馬などはいましたか?
渡辺: スペシャルウィークが好きでしたね。競馬をはじめて「サンデーサイレンスって本当にいるんだ」とかいうころに、最初に見たダービーがスペシャルウィークで。
市丸: そうすると、基本的にはある程度予想をしつつ、テレビを見て……。それともスポーツとしてでしたか?
渡辺: うちの場合、父が競馬をしなかったので、普段家で競馬を見るという習慣がなかったんですね。ですから、グリーンチャンネルとかがあって午前中から見るというわけではなく、午後からU局の中継を見たり。
市丸: 本格的には高校を卒業されてから?
渡辺: 高校を卒業してすぐに実家を出て……、それで19歳で結婚したのですが、府中に引っ越して念願のグリーンチャンネルにも加入しました(笑)。
市丸: 府中はやっぱり競馬場があるからですか?
渡辺: 妻に「任せるから」って言って、最初はJRの西国分寺だと聞いていたんです。それで最初に行って地図を見ていたら、「府中市じゃないか!」と。ちょっと南に下ると東京競馬場があって、自転車で15分くらいでした。3年くらい住んでましたね。
市丸: では、偶然だったのですね。
渡辺: ええ。でも競馬のために府中に引っ越したことに「なっています」。よく言われますし、否定もしませんけれど(笑)。