-第05回-
ホースコラボレーター 細江純子さん
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「勝たなくちゃいけない」と感じすぎていた自分に気づく
市丸: シンガポールにも遠征して勝利を挙げられていますね? 日本の女性騎手としてはシンガポールで初勝利ということですが。
細江: とにかく楽しかったです。日本では乗り鞍が少なくなってきて悩む時期もあったのですが、あちらでは着いたその週からかなり乗せていただいて。
市丸: どんな雰囲気だったのでしょう?
細江: みんな明るかったですね。いろんな人種の……、マレー人、オーストラリア人、ヨーロッパや現地の方とか、言葉の通じないもの同士が同じ厩舎にいたりしたんですが、熱い気候のせいかわからないですけれど、とにかく明るくて、楽しかったです。騎乗チャンスを多くいただけたというのもありますし。
市丸: 騎乗馬の確保などは?
細江: エージェント兼バレットの方がついてくださったんです。40歳くらいの男性の方なんですけれど、身の回りの世話をしてくれたり、アドバイスもいただきました。こういう筋肉が足りないから、こういうトレーニングをした方が良い、とか。
市丸: 調教も同じ競馬場で?
細江: そうですね。同じ競馬場のコースでやっていました。
市丸: ナイター開催ですけれど、終わったらもう寝るしかない、とか。
細江: いえ、そんなことはなかったですよ。ご飯食べに行ったりとか、みんな良くしてくれて。あまり寝てなかったのかな(笑)。
市丸: そうすると、朝から結構遅くまで、という感じですよね。
細江: 朝起きて調教をやって、競馬が終わったらご飯行って、それで踊って(笑)。あっと言う間に一日が過ぎる感じでした。
市丸: シンガポールでなにか得たものとかはありましたか?
細江: 「そんなくよくよしなくても」というか、「勝たなくちゃいけない」と感じすぎていた自分に気づきました。それから、馬がいまどういう呼吸で走っているかとか、少しだけですけれど、感じ取れるようになったのかな、と思いますね。
市丸: その後、01年に騎手を引退されましたが、引退しようと思われたきっかけというのは?
細江: 限界を感じていた、ということですね。心身ともにボロボロだったのかな。
市丸: ただ、そこで中に調教助手として残られるのではなく……。
細江: そんな能力がないので(笑)。ジョッキーを目指してずっとやってきて、じゃあ「ジョッキーやめました」となったら、なにもできない状態で。
市丸: それで今度は伝える側に、と思われたのですね。
細江: いえ、実は最初、海外に語学留学でもしようかと考えていたんです。