-第02回-
デイリースポーツ本紙予想担当 和田 剛さん
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ミスターシービーとシンボリルドルフの対決で競馬の魅力に取りつかれる
市丸: それでは、よろしくお願いします。まず最初に、和田さんは「日刊紙最年少の本紙予想担当」とのことですが、お生まれは?
和田: 昭和48年(1973年)、年男になりますね。
市丸: ご出身はどちらで?
和田: 大学まで西宮に住んでいました。就職して初めてこちら(東京)に……。
市丸: 競馬の方は、こちらに来られる前から見ていられたのですか?
和田: 実は、競馬歴はかなり長くて、私が小学校のころから父が電話投票に加入していて……。
市丸: そのころって、しゃべって買い目を伝えるような……。
和田: プッシュホンだったかも……。それで日曜になると(テレビは)競馬がついていて、はじめて興味を持ったのがミスターシービーとシンボリルドルフの対決でした。
市丸: 84年とか、そのあたりですよね?
和田: ルドルフが三冠を獲った年(84年)はルドルフ一色でしたよね。その前のミスターシービーも、子供ごころにああいう破天荒な勝ち方をするのは「すごい」と思っていて、その2頭の対決にわくわくした、というのが最初です。競馬をスポーツとして意識したきっかけと言いますか、これでハマりましたね。野球部に入っていて「競馬一色」というほどではなかったのですけれど、週刊競馬ブックを読んでいてまわりの人にヘンな目で見られたりしていましたよ(笑)。
市丸: 西宮というと、阪神競馬場が近いですよね。良く行かれていたのですか?
和田: 嫁とデートしたのも阪神競馬場、母親と顔合わせさせたのも阪神競馬場(笑)。昔は「ギャンブル場」という雰囲気でしたけれど、スタンドが改築(91年)されてからは、いろいろと利用させてもらいました。
市丸: そのころで、特に記憶に残るレースなどは……。
和田: ナイスネイチャが好きで、鳴尾記念(91年1着)とか。あと京都になってしまいますが、ライスシャワーが優勝してミホノブルボンが2着に負けた菊花賞(92年)。競馬の原点がシービー、ルドルフという三冠馬でしたし、初めて三冠馬誕生の瞬間が見られると意気込んで行ったのですけれど、ブルボンが負けた瞬間のショックは今でも忘れられないです。
市丸: もう三冠確実のようなムードでしたし、期待されてた方はショック大ですよねえ……。
和田: もう、その場で寝転がってしまったくらいで。あと、メジロマックイーン(1着)とトウカイテイオー(5着)の天皇賞(92年・春)は、シービー・ルドルフ対決以来の「わくわく感」がありましたね。