-第02回-
デイリースポーツ本紙予想担当 和田 剛さん
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デイリースポーツ入社と書いたものが活字になる喜び
市丸: ちょうど学生時代が、オグリキャップ以降の競馬ブームに当たっているくらいでしょうか。それから、大学を卒業されて競馬業界に入るきっかけはなんだったのでしょう?
和田: 実は「一留」していまして……。はっきり言って勉強なんてしてなかったですし、就職活動もせず、なにも考えてなかったんです。親から「どうするんだ」と聞かれたときには「北海道へ行って牧場で働ければ」なんて答えていたので「競馬」というのは頭にありましたけれど、今から思えばバカだなあ、と(笑)。ただ、あるとき兄が(募集要項が載った)デイリースポーツを持ってきて「ふらふらしてるくらいなら、受けてみな」って。
市丸: 野球の方はもう引退されていたわけですよね?
和田: ええ。単位を取るために学校は行っていたので、顔を出すくらいはしていましたけれど……。振り返るとひどいですね。デイリー受かってなかったらどうなってたんでしょう(笑)。
市丸: 面接では「競馬をやりたいです」とアピールされたのですか?
和田: まず筆記ですごい絞られますよね。その後に面接があって、もちろん阪神(タイガース)の話もしましたし、競馬の話もしました。「競馬は5-6とかの結果だけではなくて、勝った馬を陰で支えた人とかの取材もしたいです」とか生意気に言った記憶がありますね。それで受かっちゃって……、びっくりしました。
市丸: それで、デイリースポーツに入社されたのは……。
和田: サニーブライアンが二冠を獲った年なんですけれど、何年になりますか。その年の4月ですね。それがまた運良く、最初から競馬担当になって。
市丸: ええと……、97年ですか。以来、ずっと競馬一本ですか?
和田: そうです。研修期間もあまりなく東京に来て、「頑張れよ」と言われたらすぐ「明日は中山ね」って(笑)。
市丸: 4月の中山ですから、皐月賞かその前あたりですよね。
和田: ええ、皐月賞当日からです。それでいきなり先輩に「次のレース勝った馬、(記者室から)降りて取材してきて」って。3歳の特別だったと思うのですが(山藤賞、優勝馬パームシャドウ)、優勝騎手がなんと岡部さん。他社の先輩方の後ろでメモを取ってました。あとは「皐月賞の負けコメント拾え」とか(笑)。先輩のワープロを借りて、レースの雑感15行程度と「負けコメント」を書きましたが、これが活字になっているのを見たときは嬉しかったです。
市丸: それから今まで、いろいろな思い出があるかと思いますが、ひとつ挙げるとすれば……。
和田: 特に本紙予想になってからは、あまり「近くなりすぎてはいけない」というスタンスを取っているのですけれど、一番思い入れがあったのはナリタトップロードです。渡辺騎手の苦労も知っていますし、東厩務員には親しくしていただいたり。ですから、菊花賞は大変感動しました。種牡馬になった後も東厩務員と牧場へ行ったのですが、もう引退から半年以上も経っているのにトップロードが覚えていて、厩務員さんに甘えるんですよ。
市丸: 栗東への取材も多いのですか? あと、ローカルなどは……。
和田: G1になると栗東も多いです。ローカルは、本紙になってからは新潟、福島ですけれど滞在がないんですよね。北海道、楽しかったなあ……(笑)。