-第46回-
放送作家村上卓史さん
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最初は避けていた競馬の仕事
市丸:競馬との出会いはいつごろだったのでしょうか?
村上:学生のとき、ちょうどオグリキャップブームだったんですね、88年、89年ころです。わたしはタマモクロスとの対決のとき(88年)は見ていないのですけれど、翌年にオールカマーを見に行こうかということになり、そこから競馬がはじまった感じですね。
市丸:わたしと村上さんが出会ったのはNIFTY-Serve(現@nifty)のパソコン通信でしたが、そのころはもう始められていましたか?
村上:ちょうどそのころからだと思います。そのオールカマーのときは確か、佐藤泉さん(ラジオNIKKEIアナウンサー)にお会いした記憶がありますね。
市丸:放送作家をされていて、競馬もお好きで、となりますと、いつか競馬の番組をやってみたいというお気持ちもあったのでしょうか?
村上:それをやってしまうと、土日も仕事になってしまうので……。あまり積極的に関わらないようにしていました。ただ、グリーンチャンネルの「うまくら!」という番組をお手伝いしたことはありました。日刊競馬の小山内さんが作家を探していらっしゃったのですが、その番組が水曜日収録で「土日じゃないからいいや」と。それが最初に関わった競馬番組でした。
市丸:フジテレビの中継に携わるようになられたのは07年からですか?
村上:中継は翌年からで、07年は土曜夜の「うまなで」をやっていました。初心者の女の子をいちから競馬ファンにするとう企画を立てて……。
市丸:東原亜希さん、安田美沙子さん、そして今井りかさんですね。
村上:あと「うまなでさん」の声を麒麟の川島さんにやっていただきました。
市丸:中継の「みんなのケイバ」はいかがでしたか?
村上:08年から川合さんがキャスターになられたのをきっかけに、台本を書く担当作家として参加するようになりました。
市丸:以前の中継とは少し違った形にしようということだったのですね。
村上:それまでは台本というよりは「進行表」だったそうです。
市丸:競馬番組と、その他の番組で大きな違いなどはありましたでしょうか?
村上:バラエティですとミスも含めて「あり」というところもあるのですが、競馬中継ですとミスは一切許されませんし、また、紹介しなければいけない取り決めも多い。そういった決めごとの中でやっていきますので、普通のバラエティの「ゼロから作る」というものとは違う番組構成を意識するところはあります。