-第20回-
競馬エイト トラックマン 松本ヒロシさん
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佐藤洋一郎さんの紹介で競馬エイトへ
市丸:京都には良い大学もたくさんありますけれど、関東に行きたい、ということだったのですか?
ヒロシ:そうですね。関東に……、東京にあこがれがあったんですよ。関東馬めちゃめちゃ強いし(笑)。だから来た、というわけでもないですけれど、関東の競馬へのあこがれみたいな気持ちはありましたね。
市丸:それで神奈川大学に入られたわけですが……。
ヒロシ:その神奈川大学の試験を受けに行ったとき、最初に国語、英語とあって、これはそこそこできたのですけれど、日本史は勉強してなかったので、わからなかったんです。日本史って覚えてなければ終わりじゃないですか? それでざっと見て「できねぇな」と思ったのですけれど、ちょうどその週が吉永正人が引退するときで……。
市丸:試験を投げ出して見に行かれたとか?(笑)。
ヒロシ:「中山競馬場行かなきゃ!」(笑)。今から行けば間に合うからって、横浜から総武線の快速に乗って行って、最後の勝利を見たのを覚えてますね。ラウンドボウルという馬で、逃げたのを誰も追いかけなくて……(86年3月6日総武特別)。
市丸:引退式の日ではないですよね? たしか引退式の日は、中山記念かなにかで私も行っていた記憶がありますが……。
ヒロシ:その前の日でした、次の日もほかの試験があったので。それで、試験がそんなでしたから神奈川大学はどうせ落ちてるんだろうな、と思ったらなんか受かってて(笑)。
市丸:それで、大学に入られてからは競馬ざんまいだったのですか?
ヒロシ:競馬と、演劇もやっていたんですよ。でも、確かに週末は競馬にどっぷり……。必ずではないですけれど(神奈川から近い)東京競馬場には結構行ってましたね。
市丸:それで、大学を出られてからはすぐ競馬の世界に?
ヒロシ:そうですね。ほかの仕事やりたくなかったので(笑)。
市丸:演劇関係は考えられなかったのですか?
ヒロシ:競馬とどっちかでしたね。金のために働く、という気はなくて、やりたいことをやって生きていきたい、という気持ちで。演劇もいいですけれど、競馬をやってそれでお金になれば、そんな幸せなことはない、と思っていました。
市丸:競馬の仕事ならもうなんでもいい、という感じでしたか?
ヒロシ:そうですね。ただ、本当は地方競馬の場立ち予想をやりたかったんです。地方も好きで大井とか川崎とかしょっちゅう行っていたのですが、そこで能書きを聞くのが好きで。もちろん予想を買ったりもしていましたけれど。
市丸:うまい人は、本当にうまいですよね。
ヒロシ:人を引き込むようなね。また、あの仕事って当たればお客さんが来る、当たらなければ来ない、みたいな、ああいうのもいいな、と。
市丸:競馬エイトに入られたのは、どんないきさつだったのですか?
ヒロシ:サンケイスポーツ主催の「有馬記念前夜祭」で佐藤洋一郎さんと知り合って、それで紹介していただいたんです。以前、新聞配達のバイトをしていたときに見た「週刊サンケイ」に佐藤さんのコラムがあって、それを読んでいて面白いというか、すごい人だなあ、と思って、それからファンだったんですよ。
市丸:わたしはミスターシービーのファンだったのですけれど、シービーとシンボリルドルフの対決のときのコラムを読んで、泣きそうになった記憶がありますね。
ヒロシ:それでこちらに来てからは、サンスポでコラムを読めるようになったのでいつも買って、原稿を3年4年、ずっとスクラップしてました(笑)。今も探したらあるかもしれないですが、それくらいのファンだったんです。
市丸:では、もう知り合ったときは大変だったのではないですか?
ヒロシ:何人かでご飯を食べたのですが、うれしかったですし、興奮しましたね。そのときに結構気に入っていただいたようで、それから競馬場に行くと飲みにに連れて行っていただいたり。そんな中で、仕事はどうするの、という話になって、競馬エイトを紹介していただきました。