-第16回-
競馬予想家 亀谷敬正さん
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21歳で「競馬予想TV!」にデビュー
市丸: それから有名な「血統ビーム」ができあがっていくわけですが、もともと血統をやりたいという構想はあったんですか?
亀谷: いえ、血統に興味はあったんですけど、はじめに血統ありきではなかったです。別に何でもよかったんですが、一番儲かりそうというか、競馬予想としてはまりそうなのが血統だったんで…(笑)。つまり、はじめに数字ありきで。
市丸: 「競馬予想TV!」に出たときは21歳だったんだよね。このときはもう血統ビームはできあがってた?
亀谷: 雑誌で「血統ロボ」という連載をやってて、その中で「血統レーダービーム作戦」という、イメージ図を使った記事を書いてたんです。それが、たまたま「競馬予想TV!」のプロデューサーの目にとまって。面白そうだからテレビでやんないかと誘われたんです。
市丸: 「競馬予想TV!」の第1回目が1998年の7月か…。僕もあの頃は30歳代だったけど、1回目の放送とか懐かしいなあ。
亀谷: あのとき声をかけられなかったら、どうなっただろうとかたまに考えますね。もう別の仕事してたかもしれないですね。
市丸: 僕らにとって亀ちゃんはダビスタ四天王というイメージしかなくて、だから最初はチェンジオブペースとか血統による持続力、瞬発力(能力の特性、方向性が異なる考え方)はけなしたりもしたけど、今では世間に浸透しちゃったもんね。やっぱり亀ちゃんは才能があったし、プロデューサーは先見の明があったということなんじゃないかな。
亀谷: どうですかねえ。僕はあまりテレビに出るのは得意じゃないし、できたら別の人に出てもらって、僕は裏方で理論だけ提供するみたいなほうがいいんですけど。
市丸: えっ、そうなの? 予想家・亀谷敬正は少なくともあの番組にはなくてはならないキャラクターだし、他の人に代わりはできないよ。緊張とかもしないでしょう?
亀谷: いえいえ、すごく緊張するほうですよ。あの番組は競馬の話だけしていればいいから大丈夫ですけど、たとえばサイコロトークなんかやらせたらグダグダですよ(笑)。
市丸: ああ、そういえばBSフジでオダギリジョーさん、阿部美穂子さんの司会で番宣番組をやってたときは、アガってる感じだったよね(笑)。
亀谷: あれは緊張しました。阿部美穂子さんは大ファンだったし、オダギリさんと一緒にテレビ出たのは今でもすごいことだと思いますよ。
市丸: もう12年も番組は続いてるけど、その間にいろいろ変わりましたか?
亀谷: 個人的にはずっと同じことをやってるだけなんで、変わったという感じはないんですけど。見栄晴さんに武豊さんを紹介してもらって感激したりとか、そういう嬉しいことはいろいろありましたね(笑)。