-第13回-
競馬ライター 須田鷹雄さん
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「中央競馬レコードブック」で騎手の回収率に着目する
市丸: まず競馬のお仕事をはじめられたころのお話しをうかがいたいのですが……。
須田: 大学1年の終わりからですね。社会人になるとき「就職しなくてもいいかな」という選択肢もあったのですけれど。
市丸: JR東日本に入られて。ライターとしての活動も続けられていましたよね。
須田: 「現場試用」の期間があって、それがちょうど良かったんです。駅で泊まりとかひとときに働けば、その後はまとめて休めますから、サラリーマンよりも自由が効くので続けられた面はありました。ただ、当時体がしんどくて。今年40歳で当時よりさらに太ったりしていますけれど、今のほうがまだコンディションが良いという状態で。
市丸: そのあたりもあって辞められたのですか?
須田: 現場試用の期間が終わってサラリーマンっぽい勤務になると、両立は相当難しくなる、というところで辞めようと。ただ、あまりやめる人間がいなかったので……、その後ぽろぽろ辞める人も出ていますけれど、当時は大騒ぎでした。普通なら駅長くらいで済むところが、支社の人事部から呼び出しを受け、本社からも呼び出しも受け(笑)。
市丸: それからフリーとして活躍され、そして会社も設立されて今に至るわけですが……、パソコンとの出会いというのは?
須田: 競馬と関係なくですか? それは、中学のころからパソコンのサークルに入っていましたから。
市丸: まだWindowsとか一般的になる全然前ですよね。持ってる人ならみんなちょっとしたプログラムくらい作れたり。
須田: 先輩とかはかなりきっちりしたゲームを作って「I/O」に投稿したり、それがテープで商品化されたりというのはありましたね。ただ、わたしはそこまでプログラミングを極めたというわけではなかったです。
市丸: 学生時代の原稿書きなどは?
須田: そのころはワープロ専用機でした。会社をやめて、今の仕事だけになったころがWindows95とか……。会社をやめたのが平成8年で、前の年にWindows95が発売されてインターネットブームが起きたとか、そういう時期ですね。
市丸: 当時まだ競馬をデータで……、という時代ではなかったですよね。
須田: 以前あった「中央競馬レコードブック」に騎手名鑑のようなものがついていて、勝率や連対率だけじゃなく、回収率まで出ていたんです。それで、100%を超えるのはトップジョッキーではなく、若手のちょっと気の利いた騎手が多かったんですね。これで、真価がまだ理解されていない若いジョッキーほど回収率が良くなる傾向にあるような「気がする」、ということを知りました。
市丸: 今でも回収率ベースではトップジョッキーより若手という傾向はありますね。
須田: そんなこともあって、これまでのデータのあり方として「勝利度数」とか「勝率」「連対率」で善し悪しを論じるのはおかしいのではないか、回収率という指標も必要なのではないかと考えはじめました。